会社員、ブロガー、YouTuber、そして投資家。肩書きは違えど、私たちが向き合っている壁の正体は、実はすべて同じ「継続」という名の魔物かもしれません。
7回の転職と挫折を経て、60代の時、ようやく「雇われない生き方」という平穏な場所に辿り着いた私の実体験をもとに、40代・50代の心に寄り添うエッセイを執筆しました。

「継続」という名の、たった一つの正解。ブログもYouTubeもNISAも、最後に笑うのは「辞めなかった人」だけ
「もう、辞めてしまおうか」
人生の折々で、私たちはこの言葉を飲み込んできました。
ある人は満員電車の窓に映る自分の顔を見て。ある人は再生回数が「0」のまま動かないYouTubeの画面を見て。またある人は、暴落で評価損が出たNISAの口座を見て。
形は違えど、私たちが挑んでいるのは「稼ぐ手法」ではなく、「続けることの難しさ」そのものです。
7回の挫折を繰り返し、会社員という道をドロップアウトした私が、60代になってようやく気づいた「継続の真理」についてお話しします。
7回の挫折が教えてくれた「会社員」という名の偉大な継続
私は、会社員という生き方を継続できませんでした。
転職を繰り返し、そのたびに「次こそは」と意気込むものの、結局は組織のしがらみに耐えきれず、7回も挫折を味わいました。
60代の頃、40年勤め上げて定年を迎え、多額の退職金を受け取る同世代を目の当たりにした時に思ったのです。
彼らが手にしたのは、単なる能力の対価ではありません。それは、40年間「辞めなかった」という、凄まじい継続の対価なのだと。
会社員の「継続」がもたらす成果は、退職金だけにとどまりません。
40年間、厚生年金の保険料を給与から天引きされ、納め続けてきたという事実。
その積み重ねの結果として、65歳から手にする年金額は、国民年金のみの場合とは大きく異なります。
毎月の支払いは当たり前の光景だったかもしれません。しかし、その「当たり前」を40年続けた人だけが、老後に毎月、安定した果実を受け取ることができる。
会社員という道を選び、一箇所で踏ん張り続けた人生には、それだけの価値と報酬が約束されているのです。
リセットボタンを7回も押し、厚生年金の積み上げを寸断させてしまった私だからこそ、その「継続の重み」が痛いほど分かります。
YouTubeもNISAも、種をまいた後の「退屈」に耐えられるか
ホームページ作りやYouTube、そしてNISA。これらは一見、華やかな「攻め」の手段に見えます。しかし、その実態は驚くほど地味で、忍耐が必要です。
収益化の条件をクリアするまでの無報酬の数ヶ月。市場が冷え込み、資産が目減りしていく数年間。多くの人が「やっぱりダメだ」と筆を置き、投資を止めてしまいます。
しかし、結果という果実は、土の中で根を張る「空白の期間」を耐え抜いた者にしか、決して届けられないのです。
諦めるたびに、私たちは「一番つらい一歩目」に引き戻される
「自分には向いていない」と諦めるのは簡単です。しかし、諦めて別の道を探すたびに、私たちはまた「一番つらい最初の一歩」からやり直さなければなりません。
ゼロから人間関係を築き、ゼロからスキルを覚え、ゼロから信頼を積み上げる。
その「一歩目の試練」を何度も繰り返すくらいなら、今いる場所で泥臭く踏ん張る方が、実は近道だったりする。
7回もリセットボタンを押した私が、身をもって知った教訓です。
根性ではなく「淡々と」という技術
継続に必要なのは、燃え上がるような情熱ではありません。むしろ、感情を無にして「淡々と」こなす技術です。
やる気がある日も、絶望した日も、ただパソコンの前に座る。ただ同じ金額を積み立てる。
感情を介入させない仕組みを作った時、継続は苦しみから「習慣」へと姿を変えます。
私がホームページ作りを続けられたのは、それが「情熱」ではなく「生活の一部」になったからでした。
結論:継続の先にあるのは、お金ではなく「自分への信頼」
ブログで稼ぐのも、NISAで資産を増やすのも、会社員を全うするのも、根っこは同じです。
それは、「決めたことをやり抜く」という自分自身との約束を守り続けること。
もし今、あなたが何かに挫折しそうなら、思い出してください。継続の先にあるのは、単なる利益ではありません。
それは「自分はやり遂げられる人間だ」という、一生揺るがない自信です。
辞めなければ、失敗ではありません。その一歩を、明日もまた、淡々と。
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