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70代、スマホを握りしめて改札へ。初めてのモバイルSuicaがくれた「小さな大冒険」

70代、初めてのモバイルSuicaがくれた「小さな大冒険」

「スマホの電源さえ入っていれば、いつでも使えるから便利ですよ」

数年前、誰かにそう勧められて、半ば勢いでスマートフォンに入れた「モバイルSuica」。

けれど、私の日常のなかでそれが起動することは、ほとんどありませんでした。

せいぜい、駅の自動販売機で冷たいお茶を買い、電子マネー特有の「ピピッ」という電子音に少しだけ得意な気分になるくらい。電車の切符代わりに使う機会は、一度として訪れなかったのです。

なぜなら、私が日頃から利用しているのは、駅員さんの姿もない、自動改札機すらない、のどかな「無人駅」だからです。

電車に乗るときは、いつだって券売機に現金を入れ、すっと出てくる紙の切符を買う。改札で切符を差し込むとあっという間に切符が目の前に現れる。

到着駅で車掌さんに渡すか、回収ボックスに入れる。私にとってはそれこそが、不自由のない、むしろ心地よい完結した世界でした。

眠っていたモバイルSuicaが目を覚ます時

本当にスマホひとつで改札を通れるのだろうかという、どこか遠い世界の話のような不安を抱えながら、モバイルSuicaは私のスマホの片隅で、すっかり忘れ去られた存在になっていたのです。

けれど、人生には思いがけないタイミングで「その時」が巡ってくるもの。ある日、いつもとは違う、自動改札機が整然と並ぶ都会の駅を利用する機会がやってきました。

「あ、スマホの中に入っているSuicaを、ついに使う時が来たのかもしれない」

そう気づいた瞬間、胸の奥で、静かな、けれど確かなワクワク感が小さく頭をもたげました。

周りの人々を見渡せば、誰もが流れるような足取りで、ポケットや鞄から取り出したスマートフォンを青い光に吸い寄せられるようにタッチして通り過ぎていきます。その姿はあまりにも自然で、まるで呼吸をするかのようです。

思えば、かつてプラスチックの「Suicaカード」を初めて手にした時も、同じような感動があったことを覚えています。みどりの窓口でカードを買い、券売機で現金を投入してチャージする。

やっていること自体はひどくアナログで、紙の切符の延長線上にあったけれど、それでも「カードをかざすだけでゲートが開く」という体験には、文明の利器に触れたような高揚感がありました。

「ピピッ」と響いた、手のひらの確かな感触

しかし、今回の「スマホ」となると、あの時とは感動の意味合いがまるで違います。

画面の向こう側にある目に見えないアプリという仕組み、数年前に自分がどうやってインストールしたかも忘れてしまったデジタルなシステムが、本当に私の目の前にある鉄のゲートを動かしてくれるのだろうか。そんな、子供のような疑念と緊張が混ざり合った、不思議な心地よさがそこにはありました。

出発駅の改札口。意を決して、液晶画面が光るスマートフォンを「IC」と書かれた青いマークへと近づけます。おそるおそる、けれどしっかりと、ガラスの面をタッチしました。

──ピピッ。

軽やかな音とともに、画面に現在の残高がパッと表示されました。確かに使えた。私のスマホが、あの自動改札機と一瞬で言葉を交わしたのだという、確かな感触が手のひらを通じて伝わってきたのです。

70代の心を潤す、極小さな感動の余韻

そして目的地へ到着し、いよいよ最後の関門です。わずかな緊張に背中を丸めながら、再び到着駅の改札でスマホをタッチします。一瞬の静寂の後、目の前のゲートがパッと左右に開きました。

私はただ、その間を何食わぬ顔で通り抜けただけ。時間にして、わずか一秒にも満たない出来事です。

毎日この改札を通り抜けている若者やビジネスパーソンにとっては、「だからどうした」と言われてしまうような、どうでもいい日常のひとコマに過ぎないでしょう。

けれど、70代の私にとって、初めてモバイルSuicaで改札を通り抜けたこの「最初の1回」は、ちょっとした大冒険の成功であり、緊張の向こう側で出会った、紛れもない「極小さな感動」の瞬間でした。

紙の切符を現金で買う安心感も素敵だけれど、デジタルという新しい扉を自分の手で押し開けた感覚は、私の心にささやかで、瑞々しい刺激を運んできてくれたのです。

無事に改札を出た時、見慣れた景色がいつもより少しだけ鮮やかに見えました。こんな小さな感動の思い出が、70代になった今でも味わえるなんて、人生はまだまだ捨てたものではありません。

スマホをそっとポケットに仕舞いながら、私はもう、次の小さな冒険に思いを馳せています。次は、あの街を走る路線バスで、このスマホを「ピッ」とやってみよう。そんな風に考えているだけで、いつもの日常が、少しだけ愛おしく、楽しみになってくるのです。

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