「毎日が日曜日」という言葉に感じる、ちょっとした違和感

なぜリタイア生活は『日曜日』より『土曜日』と呼ぶべきなのか?
定年を迎えて仕事を辞めると、よく「これからは毎日が日曜日だね」なんて言われます。確かに、朝寝坊も自由だし、仕事の締め切りに追われることもありません。
でも、現役時代の「日曜日」をちょっと思い出してみてください。夕方から夜にかけて、あの有名なアニメのテーマ曲が流れてくる頃……「あぁ、明日からまた仕事か」と、少しどんよりした気持ちになりませんでしたか?
実は、私たちが本当に求めていたのは「日曜日」ではなく、あのウキウキした「土曜日」の感覚だったのかもしれません。
私たちが「土曜日感覚」を愛してやまない理由
なぜ「毎日が日曜日」よりも「毎日が土曜日」の方が幸せを感じるのでしょうか。そこには、人間の心理に根ざした理由があります。
1. 「日曜日の夜」に付きまとう、あの憂鬱(サザエさん症候群)
現役時代、日曜日というのは「休みの終わり」を予感させる日でした。
心理的な重圧: どれだけ楽しく過ごしていても、心のどこかで「明日からの戦い」を意識してしまい、純粋な100%の解放感には浸りきれなかったのです。
2. 「土曜日」だけが持つ、無限の可能性とワクワク感
本当に心が躍るのは、「明日は何をやろうかな?」と想像を膨らませている土曜日です。
期待感の魔法: 土曜日は「明日も休みだ」という安心感があります。この「未来に対するウキウキした期待感」こそが、私たちの心を最も若返らせ、元気にさせてくれるエネルギーの源なのです。
老後の理想: 老後こそ、「明日もまた自由だ」と100%確信できる。この「永遠に続く土曜日の前夜」のような感覚でいられることが、リタイア生活の醍醐味と言えるでしょう。

70歳を過ぎて訪れる「曜日の境界線」が消える時
しかし、自由な時間が長く続き、70歳を過ぎる頃になると、また少し違った感覚が訪れます。
孤独感:日曜日の夜には、新しい憂鬱を感じる人もいるかも知れません。
月曜になるとみんな学校や仕事に行って、家には自分だけという孤独が待っています。
特にやるべきことがなくなってしまった時、あんなに特別だった土曜日も、憂鬱だった日曜日も、その境界線がだんだんと溶けてなくなっていくのです。
自由の究極形: 「今日は何曜日だっけ?」とカレンダーを確認しなくなる。それは、もしかしたら曜日の概念から完全に解き放たれた、究極の自由に到達した証なのかもしれません。
まとめ:いつまでも「土曜日の心」を忘れないために
老後の生活を「土曜日感覚」で楽しむには、やはり「明日はこれをしよう」という小さなお楽しみを、自分で作っていくことが大切です。
「毎日が日曜日」だと、いつの間にかカレンダーの感覚が消えてしまいますが、「毎日が土曜日」だと思えば、常に明日への期待を持って過ごすことができます。
曜日の境界線が消えてしまうほどの平穏も素敵ですが、時には「明日はあれを食べよう」「あの場所へ行こう」と、自分の中の土曜日を呼び起こして、心をウキウキさせていたいものですね。
あなたにとって、最近「土曜日のようなワクワク」を感じた瞬間はいつですか?
ビッグ友老後100まで!ホームへ戻る
