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元写植オペレーターが60歳からアフィリエイトに手を出すとどうなる

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元写植オペレーターの人生

写植オペレーターの方々は、版下製作や写植の仕事がなくなったあと、どんな人生を歩んでいるのでしょうか。

写研「PAVO-KY」(1987年)

もしかしたら、元版下製作写植オペレーターだった人が、このブログを読んでいるかも知れないと思い、昔の仕事を思い出しながら、いまホームページやブログを書いています。

版下製作や写植オペレーターの仕事といっても、もう存在感もなくなった働き方ですから、知る人ぞ知る過去の職業になってしまいました。

今の50代から60代以降の人なら、版下製作や写植オペレーターの仕事を知っていたり、実際に経験したことのある方もおられるかもしれません。

わたしはいま69歳ですから、およそ40年前の20代から30代くらいに、版下製作や写植オペレーターの仕事をしていました。

その元写植オペレーターが、50代で無職になってからホームページ作りを覚えて、60歳からアフィリエイトという道を歩んでいます。

写植オペレーターは過去の仕事になった

写植オペレーターは、印刷物の文字を写植機を使って組版する仕事です。

写植機は、ガラス板に文字の原型のフィルムを挟み込んだ「文字盤」に、光を当て、写真の原理でシャッターを切り、暗箱にセットされた印画紙に焼き付けそれを現像する事により、印刷物の版下となる印画紙を作るシステムで、文字の大小、長体、斜体等はレンズを切り替える事で対応します。

写植オペレーターの仕事は、写植機を使って、原稿通りに文字を組版し、版下を作ることです。
写植オペレーターは、文字のサイズや位置、行間などを調整し、美しく読みやすい組版をする必要があります。
また、写植オペレーターは、文字の種類や書体にも詳しくなければなりません。

写植オペレーターの仕事は、印刷業界では重要な仕事でしたが、DTPソフトの普及により、現在ではほとんどの写植オペレーターの仕事がコンピュータ化されています。
そのため、写植オペレーターの仕事は、現在ではほとんど無くなっています。

元写植オペレーターの人生は終わった

いま思えば写植という仕事は、時代の末端に差し掛かっていたころでした。

写植オペレーターって何?

逆さになった文字がガラスの文字盤のなかにあり、メインプレートと呼ばれる約3000字の文字配列は「一寸ノ巾」という並びになっています。

「一寸ノ巾」方式とは、漢字の部首順の配列で「一・寸・ノ・巾・ナベブタ・シンニュウ・ハコガマエ…」というように、呪文のように配列を覚えるのです。

その並びさえ覚えると、漢字ばかりが並ぶ文字盤の中から瞬間的に、文字が探せる特殊な脳力が発揮できます。

いまでこそパソコンのキーボードで文字入力すれば、画面上に文字が変換されて出てくるのですから、技術の進歩は素晴らしいですね。

わたしの写植オペレーターの人生も10年くらいで幕を閉じました。

元写植オペレーター働く希望を見失う

写植の仕事を辞めて以来働きたい仕事もなく、仕事がつまらないと思いながら、様々な職業を経験して就転職を繰り返してきたのです。

人生目的を見失うと、そこから新しい生き方を探すことの難しさを感じています。

自分としては何かを作るという物作り的な仕事が好きだったのですが、そういった仕事を探しても技術も資格も特技もないと、就職できないのです。

40歳を過ぎると年齢的なこともあって、再就職の難しさを感じましたが、何か仕事をしないと収入が得られません。

どうしても仕事が見つからずにいたら、パソコン教室の受講を紹介されました。

ハローワークで仕事を探しながら、失業給付金をもらいながら、パソコンでワードやエクセル、パワーポイントを覚えるチャンスがあったのです。

しかし、パソコンが使えても就職に活かせることはありませんでした。

それでもパソコンの素晴らしさには興味があって、何かできそうな気がしたのです。

そして、運命の出会いというか趣味でホームページを始めてみました。

元写植オペレーターホームページに夢と希望を見つけた!

元写植オペレーターとしては、ホームページ作りがわたしの脳みそを刺激するのです。

実際ホームページ作りを覚えながら、サイトを作っていると、写植を学んだ頃の記憶と重なって楽しくなってきました。

この時に、わたしが今後やりたい仕事は、ホームページ作りだと気づいたのです。

でも、年齢も50代ではどこも雇ってくれませんし、だからといって自分で営業して仕事を取る勇気ありませんでした。

そう、もと元写植オペレーターは人と関わることが苦手なので、できれば個人でもできる物作りが好きなのです。

50代はホームページ作りを趣味として楽しんでいましたが、仕事もせずにいたので貯金が心細くなってきました。

元写植オペレーター「Google AdSense」に出会う!

お金の問題を何とかしないと大変だと思って、ネットで探し始めたのです。

すると「Google AdSense を使用してウェブサイトを収益化」という文字を見つけました。

個人でもホームページがあると、収入を得られるということを知ったら、再び夢と希望が脳みそ内に充満してきたのです。

さっそく新しくホームページを作って、Google AdSenseの審査を受けてみました。

今はアドセンス審査も厳しくなったと聞きますが、その当時は意外と簡単に審査が通ったのです。

以来ホームページ作りに没頭して、本気でサイト作りを仕事にする覚悟で、準備を進めていました。

そして元写植オペレーターは、60歳からアフィリエイトの世界に足を踏み入れたのです。

元写植オペレーターが人生を振り返る

61歳から年金を受給しながら、個人事業主として開業届を出して自営業として、アフィリエイトサイト作りをしています。

自分がやりたい仕事を選んで、写植という技能を身につけたはずなのに……。

写植オペレーターの仕事が、なくなる職業だったなんて、パソコンという不思議な機械が現れるまでは想像もできませんでした。

パソコンというより富士通のワープロOASYS(オアシス)が現れた時、写植の時代は終わったと思ったのです。

なぜかというと、写植は文字を一文字一文字文字盤から探し出して、印画紙に焼き付けるアナログ作業でした。

ワープロの場合キーボードで文字を入力すると、画面上にきれいに変換されて並んでいるし、その文字データが保存できるのですから、未来の印刷技術がどうなるか想像すればわかります。

案の定それから数年後には、パソコンを使って電算写植が主流になって、手動写植というアナログな時代の終わりがやってきました。

そういった時代の末端で印刷物の版作りをしていた元写植オペレーターが、60歳からパソコンを使ってアフィリエイトを始めています。

66歳の今は年金プラスネット収入で暮らせているので、60歳の時のパソコンを使った仕事の選択は間違っていませんでした。

やはり仕事は自分が好きなことをやるのが楽しいですね。

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