
祭りのあとの静けさのような、日常の始まり
何か新しいことが始まるときは、誰でも心が少し浮き立つものです。カレンダーをめくった時、新しい日記帳を開いた時、あるいは節目の日を迎えた時。「よし、これからだ」と新鮮な風が心に吹き抜けます。
けれど、その魔法のような時間は、驚くほど早く解けてしまう。気づけばまた、いつもの椅子に座り、いつものお茶を飲み、いつもの景色を眺めている自分がいます。
特別な高揚感はどこかへ消え、静かな日常がまた、当たり前のような顔をして戻ってくる。
そんな時、ふと、このままでいいのだろうかと、静かな溜息がこぼれることがあります。
あっという間に指の間をすり抜けていく時間
この歳になると、時間が過ぎる速さは、もう言葉では言い表せないほどです。
朝、カーテンを開けて「今日が始まったな」と思ったのも束の間、気づけばもう昼ごはんの支度。一週間なんて、瞬きをする間に過ぎ去ってしまいます。月曜日のゴミ出しをしたと思ったら、もう次の月曜日が来ている。そんな感覚です。
何かに夢中になっているわけでもないのに、ただただ、時間だけが背中を追い越していく。何をしたわけでもなく、ただ見過ごして生きているような、そんな、はかなさというのでしょうか。
ふと「私は今日、何を刻めたのだろう」と、空を見上げてしまうのです。
「何でもない日」の積み重ねが、今の私を作っている
けれど、そんな風にただ過ぎていく時間の中にこそ、実は大切な何かが隠れているのかもしれない……最近、そんな風に思うこともあります。
繰り返しの温かさ: 毎日同じ時間に起きて、同じ道を通る。何も変わらないということは、実はとても繊細なバランスの上に成り立っている、一つの奇跡のような気がします。
「空白」という時間: ぼんやりと空の色を眺めたり、昔の思い出をふっとなぞってみたり。世の中から見れば「何もしなかった時間」かもしれません。でも、その空白の時間が、私の心を少しずつ解きほぐしてくれているような気もするのです。
まとめ:淡々と、でも愛おしく、この時間を歩いていきたい
これからも、時間は容赦なく過ぎていくのでしょう。ひと月が過ぎ、季節が移り、また新しい節目がやってくる。そのたびに私は、「またいつもの毎日だな」と苦笑いしながら、少しだけ寂しく、そして少しだけホッとするのだと思います。
人生の時間は、思っていたよりもずっと短くて、はかない。だからこそ、ただ見過ごしてしまうような「いつもの一日」が、たまらなく愛おしく感じられる。
焦って何かを残そうとしなくても、この流れる時間の中に、ただ穏やかに身を置いている。それだけで、もう十分なのかもしれない……。窓の外を流れる雲を眺めながら、そんなことを、独り言のようにつぶやいています。
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