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待ちに待った年金受給日。「今日だったのね」と言える余裕の人もいれば…。61歳で痛感したお金のありがたみを思い出す

待ちに待った年金受給日、通帳に記帳してホッと胸をなでおろす

「やっと年金の日が来た……」
銀行のATMに並ぶ長い列。通帳を記帳し、残高を確認してホッと胸をなでおろす。

そんな光景が繰り返される年金支給日ですが、あなたはどちらのタイプでしょうか。

待ち遠しくて指折り数える人でしょうか。それとも、「あら、今日が支給日だったのね」と、穏やかに笑っていられる人でしょうか。

私が年金9万円で、今こうして70代を穏やかに過ごせているのは、かつて経験した「お金の痛み」があったからです。

61歳、あの日痛感した「お金の重み」

今から約10年前、60歳の頃の私は、年金も貯金も仕事もなく、今とは正反対の場所にいました。

詳しい事情は人それぞれでしょうが、私にとってあの時期は、お金のありがたみと、それが足りないことの心細さを、身を削るようにして学んだ時期でした。

「1円の重み」がこれほどまでに重いのかと、夜も眠れない不安に駆られたこともあります。

だからこそ、61歳から繰り上げ受給したわけですが、今の私にとっての年金支給日は、単なる「入金日」ではありません。

あの頃の苦しかった自分を思い出し、「今、こうして生きていられる」という初心に帰る、特別なリセットの日なのです。

「年金というベース」がくれる心の安らぎ

「今日が支給日だったのね」と言える余裕のある人。

それは、決して贅沢三昧ができる大金があるからではないと思います。

かつての苦労を経て、「足るを知る」という生き方を手に入れたからこそ得られる心の余白なのでしょう。

年金という揺るぎないベースがある。
その事実が、何物にも代えがたい「安らぎ」という名の土台を築いてくれます。

年金支給日は、自分を褒めてあげる日

もし、あなたが今、支給日を待ちわびて焦燥感の中にいるとしても、自分を責める必要はありません。

大切なのは、その「ありがたみ」を忘れないことです。
支給日に感謝し、かつての自分をねぎらい、「さあ、また次の2ヶ月を健やかに過ごそう」と背筋を伸ばす。

年金は、私たちがこれまで頑張って生きてきた証でもあります。
「やっと来た」と喜ぶのも、「今日だったのね」と余裕を持つのも、どちらも素敵な人生の1ページ。

私は今日も、通帳の数字の向こう側に、あの頃の自分と、今の平穏な日々に感謝を感じています。

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