「ブログで稼げますか?」「YouTubeで稼げますか?」という問いに対し、多くのインフルエンサーは「稼げます、夢があります」と甘い言葉を並べます。
しかし、1,000記事を書き、デジタルの荒野を10年歩んできた私から、今日はあなたに、誰にも言えない「残酷な真実」をお伝えします。
これは、夢を売るための言葉ではなく、あなたをこれ以上傷つけないための「撤退戦の指南書」です。
「稼げますか?」の答えは「いいえ」。それでも、この世界に足を踏み入れるあなたへ

「ブログで稼げるよ」「YouTubeなら再生数で儲かるよ」。
そんな言葉を鵜呑みにして、画面の前でキーボードを叩き、編集ソフトと格闘している人が山ほどいます。
でも、現実を見てください。その裏側で、同じ数だけ、いえ、それ以上の人たちが、誰にも読まれず、誰にも見られず、静かに画面を閉じて去っていっています。
結論から言いましょう。「稼ぐ」を目的にしている限り、この世界で継続することは不可能です。
「楽して稼ぐ」の正体は、過酷な肉体労働
ブログもYouTubeも、画面越しに見ると華やかに見えます。しかし、本質は「泥臭い肉体労働」です。構成を考え、調べ物をし、何時間も編集し、修正する。
「寝ている間も収益が……」という言葉は、何年も死に物狂いで積み上げた先にある「果実」に過ぎません。
最初からその果実だけを狙う人は、果実がなる前に土壌を耕す段階で力尽きます。それは「不労所得」ではなく「極めて低い時給の重労働」です。
「好き」というエネルギーがないと、心は必ず折れる
この仕事には、報酬がゼロの期間が必ずあります。半年、一年、あるいはそれ以上。
その暗闇を歩き続けられるのは、「お金」のためではありません。「表現するのが好き」「誰かに伝えたいことがある」「この作業そのものが楽しい」。
この「好き」というエンジンがない人は、アクセルを踏み続ける理由がどこにもありません。
つらい、しんどい、苦しい。そう思いながら続けているのなら、それはあなたにとっての「呪い」です。
「誰かの役に立ちたい」という大義名分を、一度捨ててみよう
よく「役に立つ記事を書け」「価値ある動画を作れ」と言われます。しかし、自分自身がつらい思いをしているのに、他人のために価値を提供できるでしょうか。
稼げない時、人は「誰かのために」という大義名分を盾にして自分を正当化します。
でも、正直になりましょう。本当に、それを書くのが楽しいですか?本当に、その動画を作る時間が好きですか?
継続がつらいなら、その感覚は「あなたの正解」
「継続は力なり」という言葉は、時に残酷な暴力になります。
もし今、あなたが毎日吐き気がするほどつらい思いをして更新ボタンを押しているなら、それは「才能がない」のではなく、「自分に合っていないことを無理やりやっている」という身体からの警告です。
撤退するのは「負け」ではありません。自分を守るための、賢明な判断です。
まとめ:自分を苦しめるくらいなら、その椅子を立ちなさい
ブログもYouTubeも、ただの「ツール」です。人生の目的ではありません。
収益化のプレッシャーで笑顔を失い、未来への不安で夜も眠れない。そんな状態まで自分を追い込んで稼ぐ数万円に、果たして何の意味があるのでしょうか。
稼ぐために、人生を犠牲にしないでください。
つらいなら、やめればいい。嫌いなら、画面を消せばいい。
あなたの人生は、画面の向こう側の数字よりも、ずっと価値があるものです。
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